39人が本棚に入れています
本棚に追加
自分のマンションに帰ると、飯野が仁王立ちして待っていた。
ゴゴゴゴゴ……と地鳴り音が聞こえてきそうだ。
「先生っ。またぽんぽこ御殿で呑んだくれてたんでしょお。何やってんですか、もおおぉ……早く原稿仕上げて下さい。どんだけ枚数残ってると思ってるんですか!!」
飯野はツインテールがイタすぎる中年女性編集者だ。
そんな事言ったってなぁ。
ぽんぽこ御殿で菜摘ママが創るスペシャルカクテル呑まないと、力が出ないのさ。何が入ってるか分からない青汁みたいな色してる、あのカクテルを……。
「大丈夫だって。充電してきたから今からやれば余裕でしょ」
コートをソファーに投げて仕事場の部屋に向かおうとする俺の後ろで、俺の監視役兼編集者の飯野は刺々しく呟いた。
「……ったく、どっからその余裕はやってくるんですかねぇ。那智君達は着々と自分の仕事終わらせてるんですから、先生も早く描いて下さい。明日はサイン会もあるんですから」
……。
サイン会?
……やべぇ、忘れてた。
飯野に悟られたらそれこそ雷を落とされかねない雰囲気だったので、俺は黙って仕事場に入っていった。
「あ、先生。おかえりなさーい」
アシスタント達が一斉に俺の方をキラキラした目で見やがる。
キラキラしてんなぁ若者たちよ。
呑んだくれのくせに売れっ子漫画家なんぞで、何かゴメン。
秘かに心の中で謝りつつ席につくと、右隣りの机で仕事をしていたアシスタントの那智が話しかけてきた。
「先生、エレナのやつ浮気な行動とったりしてませんでした?」
「いや、普通に仕事してたよ」
「そっか……それなら良いです」
俺のメインアシスタントである那智は、ぽんぽこ御殿で働いているエレナちゃんと付き合っている。
コンビニでバイトしているどこにでもいそうな眼鏡男子である那智は、エレナちゃんに出会うまでは普通の恋愛しかしてこなかった奴で。女の子が好きというノーマル男子だった。昨年の夏に、気まぐれでぽんぽこ御殿へ連れていったのだが。
そこで出会ったエレナちゃんに、何故かノーマル男子のはずの那智が一目惚れをするというアンビリバボーな展開になってしまった。
それで性別の壁などすんなり越えて、只今熱烈お付き合い中というわけである。大体デートコースはパチンコ屋【WIN】らしい。
エレナちゃん、どんだけパチンコ依存性だよ。
最初のコメントを投稿しよう!