ぽんぽこアワー

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本日の飲み代は1万円也。3000円くらいはぼったくられている気がしないでもないところだが。 ……まぁ、いっか。 なんやかんや今稼いでるし、俺。 ヴィヴィアンナちゃんにエレベーターの入り口までお見送りしてもらった俺は、戸が閉まると同時に溜息をつく。 ぽんぽこ御殿は古びた雑居ビルの5階の一角に位置するスナック。1階から5階まで、居酒屋かスナック、メンズの店で埋め尽くされているビルのエレベーターの中はアルコールとヤニ臭さが染み付いている。 絶対行きもしないだろうクラブイベントのチラシやら、怪しい金融会社のチラシがところ狭しと張られている壁にもたれかかる。スマホを見ると、有り得ない数の着信やメールの履歴が入っていた。その大半は、担当の飯野からだった。 『先生、今どこにいるんですかっ!?〆切明後日なんですよ、分かってるんですかっ。明後日までに原稿しあげないと』 やっぱり聞かなければ良かったと留守電を聴いたことを後悔しつつ、途中まで聴いたソレを消去する。外は雪が降り始めていた。 「寒いなぁ……」 忘年会の帰りなのか、酔っ払って肩を抱き合って歩くサラリーマンの姿などが目立つ。 33番街を出て表通りに出ると、X'mas前だからか至るところでイルミネーションが輝いていた。 俺の仕事は世間ずれし過ぎている。今日が何月何日何曜日なのかではなく、常に〆切まで残り何日あるかという考えが常に頭を支配して。原稿を仕上げる為だけの、ただの人間コピー機じゃないか。 その事に気がついたのは、アシスタントが4人に増えた時だった。ただひたすら原稿と向き合う日々。外にあるリアルなものに一切目もくれず、自分の頭の中で描いた世界を紙の上で表現する毎日。 フェイクの底無し沼に溺れていく。ふと我にかえって仕事場を飛び出した俺が、救いを求めるように行く宛も無く彷徨った挙句。 辿り着いたのが、どっかの海岸で。そこで、カモメが飛んじゃったと歌っていた菜摘ママに出くわした。
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