葉月 フラストレーション

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零は何も言わないが、おそらく僕の現在の精神状態をある程度見抜いていて、冗談でそれを紛らわそうと試みている。 「まさか十勝からそんな質問をされるとはね。今までもなかったし、きっとこれからもないと思っていたよ」 僕だって全く同じ考えだ。未来予知が出来るはずもないが、こんな日は来ないと思っていた。やはり未来予知が出来るはずもなく訪れてしまったわけだが。 零は煙草の灰を落として脚を組んだ。その仕草が懐かしくて、この一年未満が妙に長い時間に感じている事に気付かされる。 「でもなんとなく不幸の理由はわかっちゃった。十勝、好きな人がいるんだ」 何を知ったような口を聞くのかと文句の一つも言いたいところだが、いかんせんその予測は正解だった。 「まあ」 「ふーん、それはまた驚くね」 その憎たらしい笑顔といったら、爽やか過ぎて嫌味すらかき消されるようだ。いや、わかっている。ただ単純に、零は真面目に会話をすることが苦手で、こうして誤魔化す事が自身のリズムを形成させている。 思い返しても僕が零と真剣に人生や価値観について語り合ったことはない。というよりも、そういった事についての会話をした覚えもない。 こうして珍しく話題に上がっても話す調子はいつも通りなのは、僕にとって安心する要因であり、もしかすると零もそうなのかもしれない。 「僕は、その人が好きだ。その人に幸せになってもらいたい」 「うん、誰もが好きな人には幸せになってもらいたいと願うからね」 「その好きな人と結ばれるのが自分でなかったとしても、好きな人が別の誰かと恋人同士になるのだとしても、それで幸せになるのなら僕は不幸でも良い」 捻じ曲がっている。吐き気がする程に。だけどそれは最大限の愛情表現と自己犠牲で、僕に出来る唯一の方法だった。 他に彼女を救う術はない。僕は不幸で良い。彼女が幸せなら。 零は煙草の煙をゆっくりと吐き出すと、組んでいた脚を解き立ち上がった。 「ごめん、言ってることがよくわかんないんだけど。十勝って本当にその人のこと好きなの?」 その質問の意味の方が僕にはよくわからなかった。途中まで彼女も頷いていたはずだ。 どこからおかしくなった?僕は彼女の事を間違いなく好きだ。愛している。自分を犠牲にしても彼女の幸せを願っている。
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