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「そう言ったはずだ」
「うん、だから聞いてる。十勝、それでその人の事を好きだと胸を張って言えるの?今の言い方だと、まるで十勝はその人を恋人にしないことを美徳としているように聞こえたよ」
いや、美徳ではない。可能であるのなら僕は彼女と恋人同士になりたい。だが事情と相違からそれが出来ないから、僕は歯を食いしばりこの決断をした。
それが彼女を好きでない理由なのだとしたら、僕はなんのためにこの絶望と悪性に満ちた感情を胸に抱いているのか。
「もしかしたら十勝は、本当はその子の事が好きじゃないのかもしれないよ?友情と恋を取り違えているのかも。十勝は何を根拠に彼女の事を好きだと判断してるのさ」
まさか、それはない。僕は間違いなく彼女の事が好きだ。人それぞれ恋人に、好きな人に求めるものは異なっていて当然なのに、何故僕の求める価値観のみが不正解だと判断するのか。
僕は何かがおかしいのだろうか。だとしたら何故他人はそれを不正解だと気付くことが出来るのだろう。
この価値観に、正解などないというのに。
零は首を横に振りながら呆れ返った声を上げた。まるで僕の持論が根本から誤っているという事を声を大にして指摘するかのように。
「自分以外の誰かとその人が恋人同士になることを自分の幸せだと認めるなんて、まるで恋愛相談に乗ってるだけの友達だよ。男女間にだって、友情は存在するんだから」
僕と真色の関係が友人だと言うのなら、それはたぶん間違っていない。なぜなら僕と彼女が結ばれる事はなく、かと言って付かず離れずの関係が続いているからだ。
きっとこの先も変わる事はない。僕は彼女と一生友達止まりだ。
だが、零からそんな言葉が出てくるとは不思議な気分になる。それこそ救いようのない下心とか、疑心暗鬼とか、そう言った言い訳じみた言葉を好みそうなものだ。
「意外だな。零は『男と女の間には友情なんて存在しない』と言うような人種だと勝手に勘違いしていた」
所詮は男と女なのだから、友情ではなく異性として見てしまうと、下心は必ず持ち合わせてしまうのだと、そう言うと思った。完全に僕の失態だ。失礼なことをした。
零は声を上げて笑う。それこそ屈託のない笑みで、僕のあまりに無礼な台詞に怒ることもしない。
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