師走 プラグマティズム

2/21
83人が本棚に入れています
本棚に追加
/200ページ
 ええと、どこまで話をしたのだったか。また少しばかり過去の話をしなければならない。 僕と彼女の話だ。 とりあえず僕が図書館の管理室から出た後の話をしようと思う。十二月半ばだったか。 この頃はまだ、僕はパラダイムを確立させることに必死になっていた。 あの日は確か気が滅入る程気温が低かったのを覚えている。 ファーの付いたコートを着ていた彼女の姿が印象的で、その景色を記憶しているから間違いない。 僕は冬が嫌いだ。それは当然寒いからだ。 ちなみに僕は春が嫌いだ。花粉症にとってこんなに辛い季節はない。 ああ、そういえば、僕は夏が嫌いだ。太陽に中指を立てたくなるという理由以外に言い分はない。 言い忘れていたが、もちろん僕は秋が嫌いだ。理由は特にない。 図書館の管理人から相当嫌な顔をされたのは良い思い出として心に焼き付け、もう二度と来るなとさえ言われなかったものの、嫌味を放たれつつ管理室を後にした。 前々から気になっていた設計の不備について、小論文を書き上げて目の前で発表してやれば、そんな対応をされても仕方ない。 僕が向こうの立場なら、嫌味だけでは済まなかったかもしれないが。いや、面倒だから適当に聞き流して終わりかな。 僕は基本的に喧嘩のように熱くなる感情の高ぶりをそれほど好まない。 声を上げて笑うのは好きだ。あれは気分が晴れる。 とにかく、用事を済ませてやることのなくなった金曜日の午後。 彼女を探すべく図書館へと足を運んでいたが、途中で目的を達成してしまい、僕は方向を転換した。 あれからというもの、二回ほど彼女の姿を見つけては世間話に付き合わされている。 例によって本に手を伸ばしているので、後ろから救いの手を差し伸べ、毎度の事ながら同じ台詞をぶつけられる。 返答の内容は毎回変えるよう努力はしているのだが、それも今日で最後だ。 正直その話で三十分も時間を使ってしまうのは、限られた時間でしか存在出来ない僕ら人間の一生のうち、あまりにも無駄であるような気がして、いい加減対処した。 明日からは、いや、明日は土曜日だが。次からは、彼女が本に手を伸ばす事もなくなるだろう。
/200ページ

最初のコメントを投稿しよう!