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寒椿が散る頃に
常に咲き乱れたままの不思議な寒椿が庭の彩りとなる屋敷。
そのとある一室で、老人はここ暫く同じ事ばかりを考えていた。
彼女を見初めたあの日から幾年も経ち、あの頃とは変わってしまった自分と、変わらぬ彼女。
そう、この妖(あやかし)と人間が共に暮らす山間の村で、皺だらけの顔になっていった自分と、陶器の様に透き通る様な白い肌の彼女。
このままで良い筈が無い。
“あの戦争”以来、妖の社会的地位が貶められていようとも、彼女もきっと外の世界へと踏み込みたい筈である。
確かにこの村の人間は、妖を受け入れる者たちばかり…いや、むしろそういった者たちだけを“受け入れた”のだ。
だが、未だ若く美しい彼女が、こんな老いさらばえた自分と過ごす日々が如何に退屈であるのか──
仮に…仮にだ。
彼女がこんなつまらない日常に満足していたとして、妖の寿命は少なくとも人間の数十倍。
自分がこの生涯を終えても、彼女は生き続ける未来が待っている。
それを思う度に、胸の痛みは増すのだから。
雪がはらはらと降り注ぐ空はどんよりと暗く、窓から差し込む光は弱い。
唯一明るい色彩を放つのは、外一面に広がる寒椿だけだ。
「…儂はお前が幸せであれば、それだけで良え…この村を出たければ、それでも、ええ。」
明かりも点けない仄暗い部屋には、老人の弱々しい言葉だけが虚しく響く。
彼はどうしてもこの一言が言えない…本人を目の前にした途端、返ってくるであろう答えに怯えてしまう。
「嗚呼、儂は…」
その度に…彼の胸中は深い罪悪感に襲われ、彼女に対する己の愛の醜さを再確認させられるのだ。
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