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思い出すのは、見初めたあの日───
実家で落命した母の形見…寒椿の苗を手に、戦場のど真ん中となったこの場で泣き叫ぶ幼き自分。
『坊や。 こんな処に居ては駄目よ。』
轟音鳴り響く中で一際目立つ、澄んだ声に、少年は思わず顔をあげた。
『でも、でも…! 母さんの遺してくれたこの花が、急に枯れそうになってるんだ…!』
『大丈夫。 大丈夫よ。』
白く美しいソレに魅せられ、手から辿る先に見える慈愛の篭った暖かな微笑み。
気付けば涙は止まり、少年ながら二十歳ほどに見える彼女に恋をした。
未だ家からさほど離れぬ距離で足を止めた彼女は『…妖の私が貴方を連れていられるのは、ここまで。』と幼い子に告げる。
『おねえちゃん、ぼく…!』
『大丈夫よ。 いつかまた、会えるから……その苗を、大事にしてあげてね?』
別れは彼の幼い心に大きな不安を与えるものだったが、彼女は最後に彼の頭を優しく撫でたのだ。
何も心配はいらない…彼はそう言われた気がした。
やがて彼が少年から青年へと成長した頃。
妖と人間の戦争は集結を迎えており、終わってみれば人間側の圧倒的勝利となった。
人間という種族の数を考えてみれば、この結果は当然と言えたろう。
彼は妖の収容所を巡り、自分を救ってくれた女性を探した。
もし、彼女が生きているのであれば、この収容所に居るかもしれない…そんな僅かな希望に縋って、彼は次へ次へと回っていく。
自身の力で救い出してみせる…救えると、自信があった。
政(まつりごと)で才覚を発揮した彼は、若いながらもこの国で大きな権力を手に入れていたからだ。
そして全国に百はあろうかという収容所の数々…そして妖の住まう土地を巡る。
が、それでも彼女は見つからない。
徐々に彼の心を襲う焦燥は、彼女が既に落命しているのではないかと、最悪の未来を予感させる。
ヒタリヒタリと、彼の背後からゆっくりと這い寄る絶望の影は、しかし───
『…き、君は…!』
とある寒い日の、朝だった。
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