寒椿が散る頃に

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誠は信じられない様な思いで視線を戻す。 と、彼女の真っ白な頬を伝う、朝露の様に澄んだ一筋の涙を、その目が捉える。 この生涯で、二人が結ばれたあの日以来の…椿の涙だった。 「…誠さんは…私がお嫌いなのでしょうか? …それとも、気付いてしまったの、ですか?」 「気付く? いいや…儂は、ただお前の幸せを…」 「でしたら私は幸せです…幸せなんです。 …だからその様な悲しい事を…二度と“私を前にして”言わないで下さい。」 漸く、誠は気付いた……やはりあの独り言は彼女に聞かれていたのだ、と。 ならば止まれない。 もう誠に募った罪悪感を閉じ込めていた感情の蓋は、既に開けられているのだから。 「…。 儂は、儂は…ただ頼るしか無かったあの状況を利用してしまった! お前との将来を良く考えもせず、お前を幸せにすると吐かした! こうして今日まで、離れたくないが為に、私欲で黙っていた!!」 堰を切ったように溢れる想いを、次々にぶつけた。 「この様な儂は…儂が…これが真実の愛だと言えるのかッ…!」 「真実がなんですッ!」 誠に乗じてか、椿も想いの丈を表す様に声を荒げる。 それも、誠と過ごしてきた数十年の中で初だった。 「嘘だって…! 偽物だって、良いでは、無いですか…」 しかし尻つぼみになる声…俯いた椿は、はらはらと、その目から涙を零す。 「それとも、誠さんは…全てが本物でないと…真実でないと、駄目なのですか…?」 弱々しい声だった。 ふいに顔をあげた椿は、縋る様な目で誠を見詰めていた。
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