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答えに窮した…というよりは、椿のその目に魅入ってしまい、誠は押し黙った。
椿は、そんな誠の答えを聞かぬまま、何処か覚悟を決めた様な、そんな引き締まった表情で彼を見据える。
「…私は、貴方の探していた者ではありません。」
「ッ…なん、だと?」
それは衝撃の告白だ…少なくとも誠にとっては、こうして勢い良く立ち上がる程の。
しかし椿は未だ腰を下ろしたまま、立ち上がった誠を見上げていた。
「あれは…母なのです。 私は、その娘。 …私を慈しんで育ててくれた貴方の愛を独占したくて…騙していました。」
「育てて…とは、どういう…」
狼狽える誠を他所に、椿は庭の寒椿へと視線を移し、そこを指差した。
「寒椿ですよ…私も、母も。」
「な、に…?」
「貴方は知らなかったでしょう? 私が、何の妖なのか…」
「そう…だったのか…それで…」
思い返すのは、当時の家からさほど離れぬ内に別れを告げたあの女性…いつになっても散る事のない赤い花…庭に突然現れた彼女。
漸く、誠にも合点がいった様だ。
「確かに私は貴方を騙し、隠していた…偽物です。」
再び悲しげに表情を曇らせ、しかし立ち上がった椿は「それでも…」と呟き、徐に誠の手を取る。
「…それでも、私は貴方を愛してます。 共に居たいと思う気持ちだけは、本物なんです。」
家事で少し赤くなった椿の指先は、彼女がグッと力を込めた事で更に赤みを増す。
まるで、庭で咲き乱れる寒椿の様に。
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