霧の国

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 霧だ。深く、濃い霧が視界を遮っていた。先が見えないという状態は人の不安を仰ぐもの。誰もが足が竦み一歩も前に進めなくなる。  しかし、誰もがこの条件に当てはまるという訳ではない。 「本当に、この先に宝があるのか!」  切り立つ崖。少しでも手や足を滑らせれば、谷底までの落下は避けられない。そんな危険極まりない絶壁を霧で視界が奪われているのも関係なく登る者がいた。  異世界を旅するトレジャーハンター、トコリコだ。 「もし、宝がなかったら、ただではすまさないからな!」  トコリコは叫びながら、左腕のチャージガンからライト弾を照明弾として打ち上げていた。濃い霧の中では、さほど、効果はないが幾らは明るくなる。明かりが灯っている間に崖の僅かな窪みを右手で掴み、右足で蹴り上げる要領で登っていた。  事の起こりは数時間前に遡る。  トコリコがこの世界に辿りついた時、彼の目に入った光景は霧だった。どこまで、霧が広がっていて僅かに見えるのはガス街灯のような微かな光りだけだった。トコリコは、その微かな光りを頼りに進むも、いつまで経っても生き物の気配が感じられなかった。光っていると思われたガス街灯も近付いてよく見ると、自然の木で光る実を実らせているだけ。試しに、一つもぎ取ってみたが、もぎ取った先から実の光りは失われ、食べてみても味が悪く食べられたものではない。「今回は外れか?」  生き物らしい生き物もおらず、宝になりそうな実も役に立ちそうにない。どこの世界にも必ず、宝が存在している訳ではない。長い旅をしているのならば、たまにはこういう世界に出くわすこともある。  諦め、他の世界にでも旅立ってしまおうかと思い、木から飛び降りた時だ。霧の向こうからやってくる人影が見えた。  それは、本当に影という言葉があってた。朧気(おぼろげ)ながら霧に浮かぶ影は風もないのに揺らぎながらトコリコに近付いてきた。そして、何よりトコリコはその影から生きている気配を感じなかった。  ここは、幽霊がいる世界なのだろうか。 「街灯が・・・消えたから・・・来てみましたが・・・。まさか・・・人に会うとは・・・」 「誰だ。お前」  トコリコは揺らぐ影のような相手に聞く。影は随分と、間合いをとるような独特の精気のない喋り方をしていた。
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