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顔だけ振り向かせていたのを、私も体ごと向き直って流しに凭れた。
手は、洗浄用のゴム手袋をつけたままなので中途半端に宙に浮いたままだけど。
「だって君さ、これまでずっと鬱々とした顔して仕事してたけど。このところ急に、表情も明るくなったからね。君にとっては良いことだったんだろ?」
「はは…まぁ、そうですけど」
小さな子供を連れての離婚。
それを幸せそうに語るのも憚られて、目を逸らして天井付近を泳がせるが。
図星だった。
私は、離婚して心底幸せだった。
「その通り、なんですけど。全部玉岡さんのおかげなんです」
私は、結婚生活がすっかり破綻しているにもかかわらずその愚痴や相談を友人にも姉妹にも、母親にすら一言も漏らしたことがなかった。
よくわからないが、意地なようなもので、話したら負け、とでも思っていたのかもしれない。
元々の人見知りも手伝って職場では暗い顔でにこりともせず、人と関わることそのものを避けていた。
そんな私に、ずっと根気よく話しかけて、少しずつ心の声を引っ張り出してくれたのが彼女で。
はじめて彼女に旦那のことを零したとき、タガは外れた。
濁流のごとく、溢れ出した言葉をずっと長い時間受け止めてくれた。
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