『4月10日』

3/18

14人が本棚に入れています
本棚に追加
/45ページ
1, 「……行くか」 読んでた本を閉じ、周りに迷惑をかけぬようにそっと立ち上がる。 「おや、もう行くのかい?」 隣で俺に話し掛けてきたのは、どちらかと言えば細身で、宵闇のように黒い髪を方のあたりで切り揃えた、日本人形のような容姿の女性。 この学校の制服を身に纏い、胸には三年生の証たる青のバッジを付け、手には分厚い本を乗せつつ俺の方を見ている。 「ええ、そろそろ俺の番だと思いますし」 「2年始めの定期試験だからと、早めに行こうとするその真面目な姿勢は評価に値するけどね。 愛すべき先輩を図書室に置き去りにしてまですることなのかな?」 彼女はそう言って、皮肉げに笑う。 「……心にも無いこと言わないでくださいよ、喰名先輩。 俺は別に貴女を置き去りにするつもりはないですし、貴女は本さえあればどこでもかまわないでしょう?」 「本さえあればどこでもいい、という訳ではないよ。 この図書室のように静かな場所が好ましいのは確かだ。」 それとだな、と、彼女は付け加える。 「私のことを苗字で呼ぶなという話を、君はいつになったら覚えるんだい?」 表情は変わらないが、目だけが『訂正しろ』と強く訴えてくる。 「…………夜宵先輩」 「よろしい」 僕の返答に満足したのだろう、彼女の表情が少し柔らかくなる。 「ならば、早く行くといい。 いくら私とはいえ、さすがに教師に対する言い訳には使えないだろうからな」 「貴女はどんな権力を持ってるんですか……」 「冗談だよ。ほら、早く行きたまえ。」 「……ええ、そうさせてもらいますよ。」 そう言って、図書館の出口へと向かう。 扉を手に掛けた瞬間、ふと思い出す。 「……あ、そうそう、夜宵先輩」 「なにかな?」 「今の本、面白かったんで後で借りに来ますね」 僕の言葉を聞き、彼女は今までしていた張り付けたかのような笑みではなく、ただ普通に嬉しそうな笑みを浮かべて言う。 「わかった、取り置いておこう」 その返事を聞き、僕は改めて試験会場へと向かう。 「ええ、お願いします。」
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加