愛しき歪み

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愛しき歪み

 一面の銀世界に佇んでいたのは、赤い屋根の小さな家だった。 「話はまた後で」 イリスは早足に、一直線にその家へと向かっていく。アレクも遅れを取らぬよう、急ぎ足で彼女に付いていった。 「あの家にギーラが?」 イリスは黙って頷いた。冷たい風に雪は踊り狂う。  二人は家の前で立ち止まった。イリスは剣を構える。 「私の杖を持ってて」 イリスにそう言われ、アレクは杖を構えた。不意にイリスの手に当たる。彼女の手は冷えきっていて、そして震えていた。さらに瞳は憂色に揺れている。アレクは思わず、イリスの手を握り締めた。  静かに、ゆっくりとイリスの手が温められていく。イリスもアレクの手を握り返した。風が優しくイリスの髪を揺らす。 「大丈夫だから」 彼女の瞳には先程の色は無く、強い意思だけが映っていた。アレクとイリスの手が離れる。自分より少し背の高い彼女を追い抜きたいーー アレクは強く拳を握った。  イリスが勢いよくドアを開けた。その様子を見て、家の中にいた少女はくすりと笑った。 「『貴女』は相変わらず騒がしいのね」 白銀の髪は真っ直ぐ腰まで伸びて、彼女が近づいてくる度に揺れる。透き通った菫色の瞳は二人を映す。 「リリィーー いや、イリス? 私に“匂い”をつけたのね。彼の扉で来たの?」 少女はアレクを指さし、そう言った。イリスも負けじと彼女を見据える。 「そうよ。ギーラ、話があるの」 イリスは少女をギーラと呼んだ。ギーラが自分やイリスと同じ歳ぐらいだったことに、アレクは驚きを隠せなかった。 「一応、聞くわ」 ギーラはイリスとアレクをテーブルへと誘導する。二人は勧められるままに椅子に腰掛けた。 「まず、私を元に戻して」 イリスとは対照的にギーラは無表情でお茶の準備を始める。 「もう戻ってるわよ。時間切れ」 ギーラの言葉にアレクはイリスを見た。肩で切り揃えられたウェーブのブロンドの髪に、エメラルド色の瞳ーー そこには人間のイリスがいた。  淡々と二人にお茶を出すギーラに、アレクは小さく頭を下げた。イリスは出されたお茶を一気に飲み干す。彼女の表情は急に険しくなる。 「私の“鍵”を返して」 暖炉の火の音がやけに響き渡る。 「鍵?」 口火を切ったのはアレクだった。二人の視線が集まる。 「彼は“歪み”そのものなのね」 イリスは無言で頷く。アレク一人がその言葉の意味を模索していた。
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