3人が本棚に入れています
本棚に追加
泡沫の夢
アレクはゆっくりと目を開けた。ぼやけた視界と頭で辺りを見回す。そこは見慣れた自分の部屋だった。窓の向こうでは、日は落ちかけ、夕暮れと夜の境界線が出来ている。
ぼんやりとした頭が次第にはっきりとしてくる。それと同時に先程までの記憶が甦ってきた。
「あれは夢?」
一人小さく呟くも、誰の返事もない。イリスの笑った顔、泣いた顔、怒った顔、それに照れた顔ーー 全てはっきりと覚えてる。でも、彼女は傍にいなくてーー
階段を降りてダイビングに向かう。そこにはパーティーの支度をする母親のリサと、その手伝いをする妹のスティラがいた。
「あ、お兄ちゃん」
「アレク、起きた?」
リサの問いかけにアレクは頷いた。日常は何も問題なく回っている。
「どこか体調でも悪いの? 今日一日中、部屋で寝ていたみたいだから」
「そんなことはないよ」
アレクの返事にリサは安堵の色を浮かべた。今日一日中、部屋で寝ていたみたいだからーー そのリサの言葉が、頭の中でぐるぐると回る。
「支度はもうほとんど終わってるんだけど、パパがまだ帰ってきてないのよね」
今日は遅くなりそうだーー レーヴンがそう言っていたのを思い出す。アレクはそれを頭から追い出すろうに首を振った。
「ねえ、見て見て」
スティラは強引にアレクをケーキの前に引っ張っていく。
「このクリスマスケーキ、可愛いでしょ! トム君のケーキ屋さんで私が見つけたの」
抜けてきた森、ギーラの赤い屋根の家、そして人形のイリスーー それらを象った砂糖菓子やチョコレートが乗っていて、雪に見立ててた粉砂糖までもかかっていた。アレクは驚きを隠せなかった。
「お兄ちゃん?」
「え? あ、うん。か、可愛いね」
アレクが共感すると満足したのか、スティラはまたリサの手伝いに戻っていった。
夢だった? 全て? 信じたくなかったーー しかし、現実は目の前に叩きつけられていた。何とかこの現実に抗えないものかと、頭を巡らせる。
「帽子ーー」
イリスが落ちてきた時、雪の上には杖と帽子が転がっていた。杖は確かに拾った。でも、帽子は? 森でもあの家でも、イリスは帽子を被ってなかったはずだ。もし、夢じゃなかったのならーー
「ちょっと外、見てくる」
サラとスティラの返事も待たず、アレクは外へと駆け出した。きっと帽子があると信じて。もう一度イリスに会えると信じてーー
最初のコメントを投稿しよう!