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いつものように優しい女を演じきり、彼の家を出る頃には、もう夜の九時を廻っていた。
車に乗ってエンジンをかけながら、煙草に火をつける。
車を走らせながら、私は今日の透の様子を思い出してほくそ笑んでいた。
透が絶対にあの人に告げ口しないことは分かっている。
私がずっと、透に罪の意識を植え付けてきたからだ。
ただでさえ、自分が母と妹を殺したと思っている透に、今更彼の幸せを邪魔するようなことが言えるはずはない。
私は彼から、少なからず好意を受けている自覚はある。
そんな彼の前で、透が私の悪口を言えるはずが無いし、彼がもし私と結婚したいと言えば、拒否などできないだろう。
しかし、彼と結婚してから透を排除すれば、私に疑いがかかりやすくなる。
ただでさえ、これから私は娘を亡くした悲しいシングルマザーを演じなければならないのに。
そんなことを考えている間に、車は自宅に到着する。
しかしそんな私を迎えたのは、郵便受けからはみ出すほどの分厚い封筒。
――その中身は、私にとってあまりにも恐ろしいものだった。
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