汚れきった契約

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  「あ、すみません。私、ちょっと手洗いへ……」 不意に響子がさりげなく席を外す。 先ほどからずっと側にいながら、殆ど言葉を発しなかった響子。 茜に印象付けるのは俺だけで良いということだろう。 そして―― 「あの、さっきの人って天道さんの恋人ですか?」 そう、茜からこういう話を引き出すためにわざと席を外したのだ。 「ああ、いや。違うよ。学生時代の友人でね、起業するなら一緒にやりたいって言ってきてさ」 「そう、なんですか……。綺麗な人ですけど何か……」 落ち着かない様子で俺の顔色を伺う茜。 滅多なことは言えない、だが俺の側にいる女は気になる。そういうことだろう。 ならば―― 「……でも、ちょっと気持ち悪いんだよね?」 俺はこっそりと茜に耳打ちする。 「凄い綺麗な人なんだけどさ、あんまりしゃべらないし、ぶっちゃけ仕事もあまりしてくれないんだよ」 俺の言葉を聞いて、茜の表情が笑みを作り出す。 「ああ、そうなんですね! それは困りますよねー」 他人の悪口を聞いているというのに、嬉しそうなことだ。 ま、そんな本性を知っていて誘導しているんだがな。 「彼女も、君みたいに愛嬌があって気配りの出来る人だったらよかったんだけどね。仕事してても息が詰まるよ。仕方ないから君と話をして癒されるとするかな」 「あはは、私ならいつでも話し相手に使って下さい」 そんな話をしている内に響子が戻ってくる。 俺は茜にウインクをしながら、人差し指を口に当てて、内緒だという合図をする。 それに笑顔で応じる茜。 これでいい。 人と人との繋がりを強める非常に有効な手段である〝秘密の共有〟。 それを、作り出すことが出来たのだから。
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