44人が本棚に入れています
本棚に追加
「ん? ああ、この島に入るときに名前を記入しただろ? あれのことだよ」
父の言葉に、大石が首を傾げる。
その様子を見て察したのか、遥香が口を挟んできた。
「きっと、詩織ちゃんがやっておいてくれたのさ。この島は電車を逃すと大変だからねえ」
確かに、駅に着いて少し立ち話をしただけで電車が来てしまったのを覚えている。
詩織がそういう職についているのなら、手を回しておいてくれていてもおかしくはなかった。
「それにしてもよ、音楽の方の手応えはどうだったんだよ。こんなに長く諦めねえくらいだから、少しは人気あったんか?」
小馬鹿にしたような父親の口調に、大石がムッとして言葉を返す。
「一応、ファンは沢山いたんだぜ? スカウトから名刺だって貰ったこともある。まあ、結局それきり音沙汰なしだったんだけど」
そう言って、大石がカバンから財布を取り出し、中を探る。
夜も眠れないほどに期待し、結局肩すかしを食らった思い出が脳裏を過ぎる。
できることなら、思い出したくない。
しかし、今はちっぽけな自尊心のために、それを利用してやろうと考えた。
「ほら、見てみろよ。結構、大手の芸能事務所なんだぜ?」
大石が、得意げに名刺を差し出す。
その小さな真四角の名刺には『中野芸能事務所・高川栄一』と確かに記されていた。
最初のコメントを投稿しよう!