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――一瞬、何が起こったのか分からなかった。
詩織が住んでいるマンションの扉は非常に分厚く、開閉するときに力を込めなければならず、不満を漏らしていたこともある。
しかし、そんな厳重な扉は、あっさりと破られた。
まるで障子の紙を突き破るかのように、その手はいとも簡単に彼女の砦の門を破ったのだ。
ひしゃげた鉄の姿が、その力の物凄さを如実に語っている。
事実、掴まれた髪は引きちぎられるほどの力で扉に引き寄せられていた。
「ねえ、どこにいくの? なんでドアを開けてくれないの?」
聞こえてきたのは、無邪気な少女の声。
しかし、その片鱗からは確かな狂気が感じ取れた。
「いや、いやいやいやいやあああ!」
詩織が、半狂乱になってもがく。
――殺される!
――死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!
頭の中では、生への渇望ばかりがリピートする。
どうにかして、この場を逃げ出さなければならない。
そんな詩織の目に映ったのは、壁に立てかけてあった金属製の靴べら。
すかさずそれを手に取り、自らの髪に押し当てて力いっぱい切り裂く。
刃物ではない、切れ味など皆無。
しかし、彼女の生への欲求は強かった。
金属の摩擦で、掴まれた髪が切り落とされる。
詩織の華奢な体が、開放された反動で大きく転げる。
しかし、そんな痛みを気にしている余裕など無い。
慌てて起き上がり、扉を背に走り出した。
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