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地下鉄の改札口に向かって長い階段を下りる。
公衆トイレの前で楽しそうに立ち話をしている女子高生たちを横目にし、改札機からICカードmanakaを抜き去った直後、後方から私を呼び止める声が聞こえ振り返った。
私の後に改札機を抜けたスーツ姿の男性の背後に、真っ白なコートを着た女性の姿がチラリと見える。
「やっぱり安藤さんだ。良かった~、人違いじゃなくて」
その女性は手を振りながら、パッと明るい笑顔の花を咲かせた。
彼女の名は、香川 葵 (カガワ アオイ) 三十二歳。私が勤務する病棟の看護師である。
「あ…お疲れさまです。香川さんって、電車通勤でしたっけ?」
「ううん。いつもは車だけど、今朝突然エンジンがかからなくなっちゃって。だから急遽電車に変更。遅刻するかと思ってヒヤヒヤしたよ~」
香川さんは、可愛らしく口の端をへの字に下げた。
「それは焦りましたよね。遅刻しなくて良かったです」
私は目尻を下げ、微笑みを返した。
「ねえ、安藤さんてどこに住んでるの?」
「千種区ですよ。茶屋ヶ坂」
「そうなんだ。私は徳重だから新瑞橋まで一緒だね」
そう言って、香川さんはピンクのマフラーを巻き直しながら微笑んだ。
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