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おそらく街で過去の記憶を辿り情報を集め、この場所を探り当てるつもりなのだろう。例えば、通っていた小学校。当時の友人の家。もしかしたら、硯川の実家を知っているのかもしれない。そうだとしても、訪ねるには生半可ではない覚悟が必要だろうが。
だが、そこまでの覚悟ができているのなら間違いなく大介はここにやって来る。そして、きずなは必ず来ると信じている。友達だから。
それまでに、きっと自分にもできることがあるはず。きずなは自分を奮い立たせるように頷いてから、店内へと声を張り上げた。
「すみませーん!」
「あ、はーい! 只今参ります!」
タタタタと廊下を駆ける足音が聞こえ、店内の奥にある白い扉が開いた。現れたのは、若い女の子。きずなはこの子が硯川であると確信した。探偵に聞いていた“ある特徴”が、嫌でも目に付いたからだ。
それは、白い包帯。巻かれている箇所は――顔のおおよそ左半分。露になっている右半分の顔が微笑み、「いらっしゃいませ」ときずなを歓迎した。
あの事件の日。一人の少年がヒーローになろうとしたあの日――瀬野大介は、硯川の顔半分を燃やしていた。
◇
時刻はきずなが生花店へ着くより少し前に遡る。
きずなによる大介の行動予測は、大体合っていた。違っていたところはただ一つ。大介は地道に手がかりを探そうなどとは思っておらず、いきなり硯川の家に向かっていたところだ。
同級生で好意を抱いていた。家へ遊びに行ったことも何度かある。硯川家は和風の一軒家であり、大介の記憶では大きな柿の木が生えていた。沖縄ではないのにシーサーの置物が門の隣に飾られていたような覚えもある。それらの特徴のお陰で、随分と様変わりしていた住宅地の中でも何とか硯川家を見つけることができた。
表札を確認する。そこには間違いなく硯川と書かれていた。それではインターホンを押そう――だなどと、簡単にできるわけもない。
ここまで来て、大介は思う。ここに来るまでに何度も思ったことを、再び脳内で繰り返す。インターホンを押して出てきた親に謝罪し、娘さんに合わせてほしいと懇願する。自分の可愛い娘の顔半分を焼いた男が、今更のこのこ現れてそんなことを口走るのだ。立場が逆ならば、大介はそいつを躊躇なくぶん殴る自信があった。
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