―其ノ肆―

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 殴られるくらいの覚悟ならできている。バット等で叩かれても構わない。元より体はボロボロなのだから、怪我が増えたところでどうということはない。  それくらいで済むなら、寧ろ有難い。包丁で刺されるかもしれない。娘と同じように顔を焼かれるかもしれない。殺されても何らおかしくはない。硯川に会い謝りたいという願いは、叶わないかもしれない。  それでも、引き下がれない。ここで逃げ出せば、一生日陰から出られない。友達と過ごす楽しさを知ってしまった。誰かと笑う喜びを実感してしまった。そして何より、綱刈きずなに出会ってしまった。  怖気づくわけにはいかないのだ。――今のままでは、生きている意味がないから。  インターホンのボタンを押す。お馴染みの電子音が中で響くのが聞こえた。反応を待つ時間が、何倍にも感じる。そんな長い時間玄関前で待っていた大介であったが、結論を言うと留守であった。よく考えてみれば当然である。今日は平日で、時刻は昼頃。共働きならば働きに出ていて当たり前の時間帯なのだから。  思わず安堵の溜息が出る。が、同時に手がかりを失い落胆した。小学校へ行ったところで、硯川の現在を誰かが知っている可能性は低い。当時の友人宅で覚えている家もいくつかあるのだが、まず間違いなく学校へ行っていて不在だろう。 「……帰ってくるのを待つか」  そういう結論で落ち着き、踵を返した時であった。 「あら、家に何かご用ですか?」  門の辺りに立つ、買い物袋を提げたおばさんと目が合った。当時より随分歳を取っているが、彼女は間違いなく硯川の母親であった。共働きなら不在で当然の時間帯。だが、母親はどうやら主婦だったようだ。  唐突すぎて、大介はすぐに言葉が出てこない。表情が強張り、尋常ではない汗が額から溢れてくる。これでは不審者と言われても仕方がない。 「え? あ、あのー?」  おばさんは困った様子で、目の前の不審者にどう対処すべきか迷っている。この状況をズルズルと引き延ばすわけにはいかない。男なら、潔く。大介がようやく起こした行動は、土下座であった。 「すっ、すみませんでしたっ!」 「何!? ちょっ、とっ、とりあえずやめてくれない?」  慌てて大介の肩を掴み顔を起こさせるおばさん。人気が少ないとはいえど、少年に土下座させてたなどという噂がご近所に広まっては堪ったものではない。
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