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その後、「中でお話しましょ。ねっ?」と言う困り顔のおばさんからの提案で、大介は懐かしい硯川家へと足を踏み入れることになった。食卓に案内されると椅子に座るよう促される。おばさんは座らずにすぐ隣のキッチンへと向かい、お茶の準備を始める。
「随分と酷い怪我ね。どうしたの?」
「あ、いえ……階段から落ちただけです」
電車内でのきずなとの会話に教訓を得て、今度は無難な理由で誤魔化すことができた。
「あらあら、それは大変だったわね。……ところでアナタ、叶(カナエ)のお友達?」
「その……随分と昔の話ですが」
嘘ではない。あの事件が起こるまで、瀬野大介と硯川叶は間違いなく友達であったのだから。
ここまでの反応を見る限り、どうやらおばさんは目の前にいるのが大介だということに気づいていないようであった。顔も随分と変わっている上に、今は怪我で腫れたりもしている。気づかなくても全く不思議ではない。
「……あの、硯川……じゃなくて、叶さんは今どちらに? って、学校ですよね」
「いいえ。あの子は今、街外れの花屋さんで働いてますよ」
「――え?」
アルバイトではないことは、容易に想像がついた。学校をサボってバイトに行くはずがない。何より母親である彼女が、平日に娘が花屋で働いていることを知っている。認めている。つまりは――就職しているのだ。
「高校には行かなかったんですよ」
「なっ……な、何で?」
尋ねた瞬間、大介は自分で自分を馬鹿だと思った。聞くまでもなかった。寧ろ、聞きたくなかった。おばさんから、予想していた通りの回答が返される。
「苛められていたの、あの子」
心が打ちのめされる。苦しく辛く、ズキズキ痛む。
苛めの原因など聞くまでもない。自身が焼いた顔である。あんなに目立つ苛めの要素は中々あるまい。大介のように腕ならまだしも、顔だ。包帯等で隠しているだろうが、それを無理矢理剥がされたりもしているかもしれない。
腸が煮えくり返るような怒りが湧き上がるも、その一番の元凶が自分だという矛盾。一体自分は何をどうすれば許しを得られるのか。そもそも許されることが可能なのか。いや、許されるべきではないのだろうか。
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