―其ノ肆―

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 少しの間、大介は頭の中が真っ白になった。  聞き間違いではなく、おばさんは叶はアナタを“許す”と言った。“許さない”ならすんなり受け入れられる。しかし、違う。 「な、何で? 俺のこと恨んでるはずですよ! そんな簡単に許してくれるわけが」 「あの子は許すのよ。それがあの子の“言技”なの」  出た、と大介は思った。またしても言技である。世村七郎が世に残した異能力は、一体何処まで自分の人生に干渉すれば気が済むのか。 「言技“泥中の蓮(ハス)”。ランクは“梅ノ下”で、性格にのみ作用するタイプ。意味は簡潔に言うと、周囲の悪影響に染まらずに清らかに生き続けること。あの子が自殺なんて馬鹿なことを考えなかったのは、この言技のお陰。でも同時に、この言技は発現者を善人にしすぎるのよ。あの子は優しすぎる。周囲を責めず、全てを許してしまう。だから、多分アナタのことも許すわ。呆れるほど簡単にね」  拍子抜けというのが正しいのだろう。嬉しいとかそういった感情は沸かなかった。叶が自分を許すのは、そういう言技だから。釈然としない節はあるものの、その言技も含めて硯川叶という人間だ。許してくれるのなら、それは当然有難い。 「納得しきれないと言いたそうな顔ね」 「はい。それは何だか……あまりにも軽すぎると言いますか」 「なら、スッキリさせてあげるわ」  その方法は、拳だった。怪我をしている左頬を、ガーゼの上から思いきり一発。中年女性から本気の拳を受けるなど、中々経験できるものではない。  それでもやはり、女性の力だ。強さはおそらく加賀屋の十分の一にも満たない。――だが、加賀屋の拳より何倍も痛かった。 「母親である私は、これでアナタを許します」  おばさんが拳を痛そうに包みながら言った。おそらく、人を殴るのは初めてであったに違いない。泣きそうな顔をしているのは、果たして拳が痛むからなのか。それとも、長年恨み続けた大介を許したことに対する複雑な心境からなのか。 「さぁ、行きなさい大介君」  この家に来て、初めて“アナタ”ではなく名前で呼ばれた。それがおそらく許したということなのだろう。大介は深く頭を下げてから、玄関へと向かい歩き始めた。
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