212人が本棚に入れています
本棚に追加
◇
「本当に病院行かなくていいのか?」
大介が住むアパート・メゾン怒羅魂(ドラゴン)に到着した時、シャギーが五回目となる同じ質問を大介に投げかけた。
「だから大丈夫だって。寝れば治る」
「寝て治れば医者はいらないよ。いらないさ。いらないのである。で、何号室だ?」
「二階の二○三号室」
「了解」
本心では「ここまででいい」と言いたかった大介であったが、一人では階段すら上れそうにないので潔く部屋の番号を白状した。
錆びた階段を目指すシャギーと、彼の肩を借り歩いている大介。その後ろに付いて歩く照子が、ふとした瞬間「あ」と声を漏らした。
「瀬野君家って、ちゃんと救急箱とか置いてありますか?」
「……絆創膏くらいなら」
「ないんですね。私、薬局で色々買ってきます!」
踵を返し駆け出そうとした照子は、二三歩でその足を止めてしまった。進行方向に見知らぬ男性が立っていたからである。
「ひいっ!」と後ずさる照子。妊婦もたじろくメタボリックな腹にサングラスという外見の男は、火の付いた煙草を燻らせながら手に持っていた物を照子へと突き出した。
「コイツを使いな、お嬢さん」
渡された物は、救急箱であった。見知らぬ男の優しさを受け取るべきなのかどうか照子が判断しかねていると、急に大介が頭を下げ口を開いた。
「気ぃ使わせてすいません、大家さん」
そう。この男こそがメゾン怒羅魂という破天荒なアパート名の名付け親にして、アパート名から察してもらえる通り昔は相当やんちゃだったという大家さん。正体がわかった今となっては躊躇う理由もないので、照子は「お、お借りします」と救急箱を受け取った。
「帰る時は言いな。送ってってやるよ」
「そっ、そんなご迷惑は」
「いいからそうしろ。察するに、夜の街歩くのはしばらく避けたいんじゃねーのか?」
流石は昔やんちゃだっただけのことはあり、大介の怪我を見ただけで大体の事情は見抜けたらしい。今頃加賀屋を始めとする鬼神の面々は、きっと血眼になり大介達を探していることだろう。そう考えると、帰り道はかなり危ないと言える。
最初のコメントを投稿しよう!