―其ノ肆― #2

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―其ノ肆― #2

「あの、すみません。お名前をお聞きしてもいいですか?」 「綱刈きずなだよ」 「私は硯川叶といいます。突然すみません。何故か急に名前を知りたくて仕方なくなっちゃって」  照れたように笑う叶の顔半分は、間違いなく美人であった。“立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花”という美人を指すことわざがあるが、もしや彼女はその言技の発現者ではないかと思うほどに。  花屋という場所は、叶に合っているように思えた。それは彼女が花のように美しいからでもあり、また花のように儚げでもあるからなのかもしれない。  それはともかく、空気は少し和んだ。話を切り出すなら今がいいであろう。きずなは叶に白状した。 「ごめんなさい。実は私、お客さんじゃないんだ」 「……?」 「叶ちゃん。アナタに話があって来たの」きずなは本題を切り出す。「セノダイスケ君を知ってるでしょ?」  きずなは額に汗を浮かべ、恐る恐る返答を待っている。叶はしばし考えた後で、困ったように首を横に振った。 「ごめんなさい。知らないです」 「……そっか。覚えてなくてもおかしくないよね。昔の話だもん」 「セノオオスケ君なら知ってるんだけど」 「ありゃ?」  ここできずなは、初めて大介の名前の読み方が『ダイスケ』ではなく『オオスケ』であることに気づいた。赤っ恥もいいところである。間違えていた自分も悪いとは思うが、それを一切指摘しなかった大介にも怒りを覚えた。 「ダイ……オースケの奴! あとでとっちめてやるんだからっ!」 「それで、大介君がどうかしたんですか?」 「うん。あのね……」  話を続けようとしたきずなであったが、この流れの不自然さに気づき言葉を止める。何が不自然なのかというと、叶の反応だ。きずなが覚悟を決めて憎んでいるであろう男の名を出したというのに、その反応は軽すぎる。嫌な顔もせず、憎しみを露にするわけでもない。楽しい日常会話でもしているかのような反応であった。 「えと……恨んでないの? オースケのこと」 「恨むわけないじゃないですか。それを尋ねるってことは、私のこの顔の事情も知っているんですよね? あれは事故なんです。彼は私を助けてくれようとしただけなのに、何故恨まないといけないんですか?」  演技ではない。叶に白々しさなど微塵もない。彼女は本心で言っているのだ。
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