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「お願いします瀬野君。九頭龍坂さんを責めないであげてください」
何故か育のフォローに回る照子。隣で育に「だから苗字で呼ぶのやめてよ」と言われ、小声で謝る。それから再度育のフォローを始めた。
「育さんも反省しています。許してあげてください」
「反省してるか? 何か滅茶苦茶偉そうに腕組んでるけど」
確かに大介の言う通り、育の態度は実に堂々としていた。腕を組んでいることで必然的に盛り上がっている胸に鼻の下が伸びそうになるも、今は怒る場面だと大介は我に返る。
「さっき謝ったじゃない」
「いや、そうだけどさ」
「許してあげてください瀬野君!」
「何で村雲がそこまで必死になるんだよ?」
これは大介の率直な疑問であった。照子は真面目な顔で、それでいて少し悲しげに答える。
「……誰かを傷つけてしまった時の辛さは、よくわかりますから」
大介の頭の中で、照子の言技によるこれまでの落下の数々がプレイバックされた。これは説得力がありすぎて、何も言えない。
それに、誰かを傷つけてしまった時の辛さなら大介もよく知っている。――そして、許される喜びも知っている。
「わかった。許すよ。別に大して怒っちゃいないし」
「ありがとうございます。ほら、育さんも」
「ワタシはもう謝ったもん」
プイとそっぽを向く育。こういうところで頑なになるところも、言技“石に裃”による彼女の性格の一端なのかもしれない。
やれやれとでも言いたげな表情で、大介は湿布を首筋に貼り付けた。湿布独特の匂いを嗅ぎながら、改めて図書室全体を見渡してみる。何処を見ても本だらけ。目を覚ましてからここが図書室だと知って以降、大介は何か大切なことを忘れている気がしていた。が、ここにきて唐突にそれが何であったのかをを思い出した。
壁掛け時計を確認する。昼休憩が終わるまで、まだ十五分ほどある。昼食をほとんど食べることができなかったのは痛いが、大介は昼食よりも今思い出した事項を優先したかった。
「なぁ委員長、辞典ってどの棚にあるか知ってるか?」
大介の口にした辞典とは、“ことわざ辞典”のことを差している。そして、大介が硯川家で叶の母親から貰った『辞典を手に取ってご覧なさい』というアドバイスに含まれる辞典も、同じく“ことわざ辞典”を指していた。
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