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もう一度己の言技の救いようのなさを身に沁みろなどという嫌がらせでは、流石にないであろう。学校の図書室にはまず間違いなく辞典が完備されている。故に大介は、ここで叶の母からの“ご褒美”という名のアドバイスを実行に移すつもりなのだ。棚の場所を育に尋ねたのは、委員長なので何となく知ってそうな気がしたからという安易な考えからである。
「知らないわよ。それから、名前で呼べと言ったはずよ」
「いや、だって女子を名前で呼ぶのは恥ずかしいし」
「恥ずかしい? 親から貰ったワタシの名前を愚弄しているのかしら?」
「何でそうなるんだよ。委員長でいいだろ?」
「委員長ならこの学校に何人もいるわ。それだと瀬野がどの委員長を呼んでいるのかわからないじゃない」
「めんどくせっ」
つい本音が出てしまった大介の鼻先を、育の黄色いテープを纏ったドラゴンテイルが掠めていった。嫌な汗がぶわっと湧き出る。どうやら、結構喧嘩っ早い子であるようだ。
「次は当てるわ」
「お前全っ然反省してないだろ! この湿布が貼られた首筋をもう忘れたのか!」
「あ、私辞典が置いてある棚ならさっき見たよ」
何故かこのタイミングで叶が会話に足を踏み込んできた。ピリピリしているムードの中に悠々と首を突っ込み、のほほんとした顔で笑う。叶に対しマイペースだなというイメージが、大介の中に生まれた。
きずなの隣の席を立ち、案内する気満々で叶が大介へと近づいた。
「確かこっちだったと思うよ。行こうか」
「あぁ、頼む」
右足でブンブンと素振りを始めた育に危機感を覚えた大介は、叶に従いこの場から遠退くことにした。
◇
様々なジャンルの本により形成された壁と壁の間を進んでいく。大介を先導しているのは、ついこの間まで二度と許してはもらえないだろうと思っていた女の子。その子が自分と同じ学校にいて、また友達になってくれた。
それは何かの拍子に覚めてしまう夢ではないかと思うほど出来すぎた話だった。叶のことだけに限らず、他の友人達のことも含めて。全ては、綱刈きずなの思惑通り。自分はきっと彼女の小さな手のひらの上で踊っているのであろう。それなら、ずっと楽しく踊っていたいと大介は思った。
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