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試しに大介は自分の頬をつねってみた。痛い。夢ではない。
「……何してるの?」
いつの間にか叶が振り返りこちらを見ていた。両方の頬を引っ張っている大介は変な顔になっているので、叶は上品にクスリと笑う。
「こっちの棚じゃなかったみたい。あっちだと思う」
「そうか」
突き当りで曲がり別の棚を目指す二人。目前にある叶の後ろ姿へ、大介はとある問いを投げかけた。確かに大介を囲む現状は夢のようにいいこと尽くめであるが、隅から隅まで幸せというわけにはいかない。これから先も抱えていかなければならないモヤモヤも、当然ある。
「その……顔の包帯のこと、何か言われなかったか?」
「今のところはね。でも、口にはしないだけで気になってるのはわかるよ。それでも、私を気遣って尋ねないの。この学校の人達は優しいね」
「そうか……よかった」
だが、まだ入学一日目だ。今後聞かれる可能性は十分にあり得る。その時、叶はどういう対応を取るつもりなのだろうか。
「それと、聞かれた時の対処法もきずなさんに伝授してもらってるから」
大介が問うより先に、叶が口を開いた。そのまま続けて「試しに尋ねてみて」とせがむ。対処法を見せる形だけとはいえ、自分自身が負わせた怪我を尋ねるのは気が引ける。しかし、他ならぬ叶自身が頼んでいるので、大介は言われた通りにした。
「その顔の包帯はどうしたんだ?」
「ふふふ……邪眼よ!」
中二病であった。
「何故そんな下手くそな言い訳に行き着いた!?」
「え? だって大介君も腕の包帯をこんな感じで誤魔化してるってきずなさんが」
「あの女はあくまで俺を中二病扱いするんだな。よーし、望むところだ!」
「あ、辞典あったよ」
サラッと話を流し、叶は話題を取り換えた。本当にマイペースである。大介は先程のやり取りに対して特に話を続けたかったわけでもないので、目的であった辞典の話題に乗り換える。
棚の下から二段目。同じことわざ辞典が五冊並んでいる。叶がそのうちの一冊を手に取ると――とあるページから、青白い光が漏れた。
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