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言技が世に浸透し始めたのは五十年前から。よって、叶の母も世村七郎が作り変えて以降の世界に含まれる。
「あの事故の後、母は物凄く過保護になったの。周囲に目を配らせて、危険なものは片っ端から私に近づけないように細心の注意を払っていた。それでも、どんなに注意しようとも言技は見抜けない」
帰路を辿りながら、叶は思い返すように話した。時刻は放課後。大介は叶を送りながら、話に耳を傾けている。内容を聞きながら、大介は一人納得した。叶の母が事故以前からその言技を発現していたのなら、当時未発現だったとはいえ“飛んで火に入る夏の虫”を有していた大介を娘に近づけさせはしなかったであろう。
「……その言技が早く発現してたら、あんなことにならずに済んだのかもな」
「いえ、母のランクは“梅ノ中”なので、その能力は言技の“名称”を見抜くだけみたいなの。だから、仮に大介君の言技を見抜いていても、あんなことになるなんて予想できなかったと思う」
「そうか」
どのみち、振り返ったところでどうにもならないことだ。しかし、そういう話をこうやってできるようになったのは、大きな進歩と言える。大介と叶との間には、もうわだかまりなどほとんどなくなっていた。
「母の助言は、その言技を使ったからなの。お母さんったら、意地悪せずにその場で直接大介君に教えてあげればいいのに。ごめんね」
「謝るなよ硯川。俺は十分満足だよ。気づかせてくれただけでも万々歳だ」
そう話す大介は、本当に嬉しそうな顔をしていた。現在進行形で劇的な変化を続けている大介の日常は、ここにきてさらにもう一段階大きな変化を見せていた。
複言(フクゴン)使い。
非情に稀で、松ランクや桜ランク以上に少ない希少な存在。それが複言使いである。その意味は読んで字の如く、複数の言技を発現させた者を意味する。
一体いつからなのかはわからないが、大介は自分でも気づかぬうちに複言使いとなっていた。とは言っても、判明した二つ目の言技は当然ながらどのような力を秘めているのかわからない。性格に表れている様子はないので、現段階では“梅ノ下”の未発現扱いとなる。複言使いだと判明したところで、大介自身はこれまでと何も変わらない。
「発現したら二つ目の言技まで桜ランクだった。なんてのだけは勘弁してほしいな」
「大丈夫。そんなことは絶対ない」
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