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「自信満々だな」
「お母さんの発現例にもあるように、強く望んだ結果が自身の言技として現れることもあるの。大介君の複言だって、きっとそうだよ」
叶の言葉に、大介はテンポよく進めていた歩みを止めた。数歩先で、叶が屈託のない笑顔と共に振り返る。
強く望んだ結果が、言技に現れる。叶の母は事故以降、娘に迫る危険は全て遠ざけようとした。しかし、どんなに努力しようが言技だけは予測も対応もできない。それでも娘のためにともがいた結果、“千里の馬は常に有れども、伯楽は常には有らず”を彼女は発現させた。
ならば、大介はそれに当てはまらない。逃げて、自分の殻に閉じ籠り、日向を恐れ日陰で膝を抱えていただけ。叶の母親のように努力してなどいない。そんな奴に、望んだ形の言技が手に入る道理などないのだ。
「……違うよ硯川。俺は何もしていない。複言だってどうせ発現しても性格に作用するだけの梅ノ下止まりだ。もしかしたら、本当に桜ランクかもしれない」
「それなら、今からでも頑張ればいいよ」
叶は大介へと歩み寄り、彼の手を取る。
「まだ未発現なんだから、それがどういう形で発現するかはきっと大介君の努力で変わってくると思うの。そういえば、何でも言うこと聞いてくれるんだったよね?」
「あ、あぁ」
「なら――自分を信じて」
それは、温かい言葉であった。握っている彼女の手の温かさが大介にそう感じさせたのかもしれない。
自分を信じる。思えば大介は、自分を信じたことなどなかった。何をしても上手くいくはずがない。夢も希望も持ってはいけない。何故なら、自分は人間の欠陥品だから。何かの弾みで燃えてしまう、人を不幸にしかできない存在だから。
そんなような思考を長年所持して生きてきた。ここ最近の出来事で多少なりそういったマイナス思考は緩和できたとは思われる。だが、まだ“自分を信じる”というところまでは手が届きそうにない。
だから、努力してみようと大介は決めた。叶の言うことは何でも聞くと言ったのだから、彼に拒否権などない。
「……わかった。すぐには難しいだろうけど、頑張ってみるよ」
「うん! じゃあ行こう。多分もうすぐ着くから」
叶は満足そうに笑みを溢すと、大介の手を握ったまま再び歩き出した。年頃の男女が手を繋ぎ歩くというのは、傍から見ればほぼ十割の人間がカップルだと思うであろう。
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