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そういった不安要素はあるものの、総合的に見れば大介の中を占める割合は“楽しみ”の方が大分多かった。友達と集まりパーティーなど、本当に何年ぶりかわからない。ひょっとすると、初めてかもしれない。本当に――本当に、何もかもが幸せである。
日向へと出てきた日陰虫は、その眩しさに戸惑いつつも、光の暖かさを体全体で感じていた。
◇
フロントで部屋のキーを受け取った叶は、足早にエレベーターへと向かう。他に客の姿はなく、叶は足踏みをしながら七階より降りてくるエレベーターの到着を待つ。
パーティーが楽しみなのは、叶とて同じであった。大介と同じ時期から、叶も苛めにより友達がいなかった。言技“泥中の蓮”と両親が共に暮らしている分、大介より多少は寂しくなかったのかもしれないが。
週末に懐かしい知人が土下座をしに来たかと思えば、週が明けた頃には二度と通えないと思っていた高校に入学して、作れないと思っていた友達も沢山できていた。日常が目まぐるしいほど良い方向へと変わったのは、叶も同じであった。
きっとこれから、自分の人生は花束のように色鮮やかなものとなる。そう期待せずにはいられない。
外気に晒されている顔半分は、大介と外を歩いていた時からずっと笑顔のまま。生花店での接客スマイルとは一味違う。
やがて叶の笑顔が映し出されていたエレベーターの扉が開いた。中へ入り扉を閉じると、自分の宿泊部屋のある五階のボタンを押す。静かな機械音と共に、上昇を始めるエレベーター。そのまま五階まで到達するかと思われたが、間の三階で停止し扉が開いた。
乗り込んできたのは、黒いライダースジャケットを着た大柄な男。頭は金髪のオールバックで、一言で表現するなら率直に“怖い人”というイメージ。比較的新しそうなジャケットの右肩辺りに入っている赤い鬼の絵の刺繍は、どういうわけか刃物のようなものでズタズタに切り裂かれていた。
ここでエレベーターを降りるという手もあっただろう。女性一人なのだから、身の危険を感じたのならば逃げるのが最善である。だが、叶にはその選択を思いつくことすらできない。“泥中の蓮”の発現者である彼女は、基本的に人を疑わない。正確には、疑えない。
男を加え、エレベーターの扉が閉じる。
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