―其ノ陸―

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 それでも、自分を日向に連れ出してくれた彼女のためならばと思えた。  それでも、自分のような奴を許してくれた初恋のあの子のためならばと思えた。  結局、火達磨になることすら叶わなかった。自分はここでまたボロ雑巾のようにされ、事件がどういう形であれ収束してから目覚める。全てが終わってから、ハッピーエンドであれバッドエンドであれその事実と向き合う。――その後、また日陰に籠ろう。  最初から出来過ぎていたのだ。順調に物事が運び過ぎていた。いつ崩れても、おかしくなかったのだろう。  いい夢だった。  とても幸せだった。  ――二人共、救えなくてゴメン。  大介は全てを諦め、静かに目を閉じた。 「セイヤァッ!」  その気合いの一声が聞こえた瞬間、大介はハッと目を開く。顔を上げると、首筋に回し蹴りを食らい泡を吹きながら倒れていく男の姿があった。倒れた男からきずなの鞄を奪ったのは、蹴りを入れた少女。彼女はもう片方の手を、大介に差し出す。 「行くわよ瀬野。きずなさんと叶さんの居場所がわかったわ」 「い、委員長……」  颯爽と登場したのは、空手の有段者である育であった。大介の手を取り立ち上がらせると、そのまま逃走を試みる。だが、周囲の不良達がそれを見過ごすはずもない。 「やってくれるじゃねーかネーチャン」 「何だお前? ひょっとしてコイツの彼女とか?」 「女に助けられるなんて、情けねー野郎だなオイ」 「しっかし、いい乳してんな彼女。ちょっと遊んでけよ。なぁ?」  一人倒したところで、敵はまだ六人もいる。武道経験者とはいえど、女性一人で彼らを相手にするのはあまりにも分が悪すぎる。  強面の男六人に迫られようとも、育が怖気づく様子はない。それは彼女に度胸があるのも勿論理由の一つだが、今の育にはより明確な理由がある。 「お前達ッ! そこで何をしている!」  不良の天敵、警察官。育は今その警察官と行動を共にしている。「げっ」と露骨に嫌そうな顔をすると、ギャングの下っ端達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。 「待てッ!」 「追わないでっ!」  追いかけようと駆け出した警察官を、育が呼び止める。 「追わないでって、そういうわけには」 「そこで一人失神してますから、逃げた奴らの身元はソイツから聞けばわかります。それより今は、一刻も早く廃工場へ!」 「し、しかし」
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