―其ノ陸―

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「お願いします」  懇願し頭を下げたのは、大介だった。生傷だらけの体は、決して軽い怪我とは言えないであろう。こんな体で、いや、まともな状態だったとしても、自分が助けに向かったところで何も出来はしない。そんなことは、ずっと昔からわかっている。  それでも、大介は願わずにはいられないのだ。一度諦めかけたそれを、行動に移さずにはいられないのだ。一刻も早く、きずなの元へ。叶の元へ。  もう日陰虫には戻れない。戻るくらいなら、大介は死を覚悟してでも光へ飛び込む。過去に焼かれたボロボロの羽を広げ、炎という名の光へ飛び込む。それは熱くて苦しい光だけれど――その向こうには、譲れないものがあるから。 「……わかったよ」  降参だとでも言いたげな顔で渋々了承した警察官は、気絶している不良の右手に手錠をかけ、もう一方を外壁に伝い通っているパイプにかけた。 「とりあえずこれでいい」 「こんなことしていいのかしら?」 「いいんだよ。これ一度やってみたかったし」  気楽に笑うと、警察官は大介に目を向けた。 「芦長探偵の言うことだから従っていたが、本心では子供を危険な場所へ連れて行くのは気が引ける」 「それでも、行かないといけないんです。俺は」 「皆まで言わなくてもいい。さぁ、乗りなさい」 「……ありがとうございます」  大介が礼を述べたところで、リオンが今更パトカーから降りてきた。 「栗栖。アンタ女子一人を戦わせるなんて、それでも男なの? 照子さんに報告しなきゃね」 「無茶を言わないでおくれ委員長サン。ボクに肉弾戦を期待してはいけナイ。褒めちぎって説き伏せるのなら得意なんだが、どうやら今回は役に立てそうもナイ」  三人の元へと歩み寄ったリオンは、フラフラとしている大介に肩を貸す。 「しかし、こうしてキミを支えることくらいならできるサ」 「……スマン。ありがとう」  そうして大介の救出に成功した育達は、今度こそ廃工場へ向かうため再びパトカーに乗り込んだ。空は既にオレンジ色を失い、灰色に染まっていた。
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