―其ノ陸―

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 ◇ 「マツオカトシユキ」  カマイタチが前足と一体化している鋭利な鎌を振るい、カタカナ表記の名札が付いた白い紐を切断する。その瞬間から綱刈きずなと、友達であったマツオカトシユキとは“赤の他人”となった。  縁の紐で繋がる双方の記憶を問答無用で断ち切る市誠十郎の言技“鼬の道切り”。たった今切った紐で、きずなが切られた縁はちょうど三十人目となった。 「ほらほらぁ。早くイエスと答えなければ、せっかく作った沢山のお友達が0人になってしまいますよぉ?」 「……」  きずなは何も答えない。手足を縛られ動くことのできない今、抵抗はその程度しかできない。きずなは全てが終わるまで口を開くつもりはなかった。彼女はこの拷問に屈しないことを、早い段階から決めていたのである。  そもそも、市のこの脅しは的外れと言える。友達を第一に優先するきずなは、自分が屈すれば友達が市の手玉に取られるとわかった時点で九千人を超える友達全員を“諦めた”。  自分は九千人分の記憶を失うが、友達にとっては高々きずな一人分である。忘れたからといって大したことではない。大切な友達を利用されるくらいなら、例え忘れてしまうとしても平和に生きて欲しい。自分一人の犠牲でそれが叶うのならば、きずなは迷わずに自己犠牲という解決策を選択する。そういう子である。 「ふむ。これ以上は無意味ですかねぇ? せっかくの手玉が減るのは私としても避けたい。アナタの粘り勝ちですよぉ。素晴らしい」  拷問の張本人に勝利を称えられたところで、嬉しくもなんともない。勿論逃がしてくれるわけでもない。ただ単に、方法が変わるだけ。第一ラウンドから、第二ラウンドへ。――より過酷なものへ。 「形式を変えましょう」  市は小型の鎌を一つ取り出すと、加賀屋が逃げないよう捕まえている叶の元へと向かう。 「ここにいるアナタの大切な友達の一人ぃ。私の仲間になるのを拒む度に、彼女のただでさえ見苦しい顔がさらに見苦しい有り様に成り果てていきます」 「まっ、待ってッ!」  堪らずきずなが沈黙を解くと、市は実に嬉しそうに口の両端を吊り上げた。不気味に笑う道化師のように。 「待ってと言われましても、これでも十分に待ったつもりなんですがねぇ。早い段階で首を縦に振っていれば、無駄に友達を失わず、こんな二択を迫られずに済んだというのにぃ」  馬鹿ですねぇ、と市は嘲笑った。
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