―其ノ陸―

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 迫る鎌を涙目で拒んでいる一人の友達。将来的におそらく犯罪に利用されるであろう、九千人の友達。  無理である。宝物と宝物を天秤にかけたところで、どちらかに傾くわけがない。きずなには選べない。選ぶことなど、できはしない。  悔しい。苦しい。悲しい。  何で。どうして。ふざけるな。  血が出るほどに唇を噛み締め、きずなは大粒の涙をポロポロ溢す。 「さぁ、答えてください。私の仲間になるか、ならないかぁ。制限時間は五秒」  容赦なく選択を迫る市。カウントダウンが始まる。 「五」  向けられた鎌に顔が強張り、涙を流す叶。 「四」  目前の一人か、未来の九千人か。答えなど、やはりでない。 「三」  ここできずなは、“三択目”の選択肢を思いついた。 「二」  “自分が死ねば、計画も何もなくなる”。それで叶が助かる保証はないが、きずなにはそれが最善と思えた。――自分が死ぬことが、何よりも最善と感じた。 「一」  きずなは口を開け、噛み切るために舌を出す。  さようなら、世界。  さようなら、友達。  さようなら、さようなら、さようなら。  ――もっと、生きていたかった。 「やめろおおおおオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!」  ――それは、今まで聞いたことのないほどの大声。それでいて、きずなにとっては聞き覚えのある声。数時間前にも聞いているその声が、何故だかとても懐かしく思えた。  彼は言っていた。自分は無力で、誰も助けられないと。こんな言技を持つ自分は、友達を作っても助けられないと。  それは真っ赤な嘘だと、きずなは今ならば断言できる。何故ならば、今まさに命を断とうとしていた綱刈きずなという少女を、瀬野大介は間違いなく救ったのだから。 「オースケ」  きずなが名を呼ぶ。 「大介君」  叶が名を呼ぶ。 「待ってろ。今助けてやるから」
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