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扉と呼べるもののない廃工場の、外壁が朽ちて崩れ落ちるようにして生まれた大きな開口部。そこに立つ大介は、ゆっくりと歩を進めていく。
「……ハハッ! ハハハハハハハッ!」
工場内に響いたのは、馬鹿にするような笑い声。その声の主は、叶を拘束している加賀屋であった。
「誰が来たかと思えばテメェかよォ。笑えるねェ傑作だァ! 見ろよこの状況。思い出すだろォ? テメェが硯川の顔をこんなのにしちまったあの時のことをよォ」
大介の脳裏に蘇るのは、子供と頃の忌々しい記憶。加賀屋に捕まった叶を助けようとして、自分が今剥き出しにされている叶の顔の火傷を負わせた。
「見えてんだろ黄色いテープがァ。KEEP OUT。立入禁止ィ。この危険まみれの空間にテメェが飛び込めるわけねーだろボケがァ。とっとと失せろ能無し! クズ! 役立たず! 欠陥品!」
「うるせぇよ」
加賀屋の言う通り、確かに大介の目には見えていた。これまで幾度となく大介の行く手を阻んできた、大嫌いな黄色いテープが。何十人もの不良が待ち受ける工場の奥と自分との間に、網目のようにまんべんなく張り巡らされた無数のテープ。それは大介も初めて見る本数であった。これまでの経験から、大介は何となくだが理解していた。テープの本数が、比例して危険度を表していることを。
しかし、そんなことはどうでもいい。関係ない。
大介は決して、歩みを止めない。加賀屋の表情が、徐々に崩れていく。
「オイ……何だテメェ。死ぬ気かァ?」
加賀屋の問いに、大介は何も答えない。黙々と歩を進め、網目のように展開している黄色いテープへと向かっていく。
「瀬野ッ!」
後方から駆けてきた育が、大介の肩を掴み止める。
「アンタ何考えてるのよ? 下がるわよ。照子さん達が到着すれば隙が作れる。先に出たはずなのにまだ来てないみたいだけど、きっとすぐに来るはずだから」
「……悪い。待てない」
大介は育の手を解き、歩みを再開する。すると今度は、黄色いテープの向こう側から静止の声がかかった。
「駄目だよオースケ! 来ちゃ駄目っ! 死んじゃうよっ!」
「死んでもいい。それでもいいんだよ」
「私は大丈夫だから! そんな悲しいこと言わないで大介君っ!」
「大丈夫には見えないんだよ。安心しろ。またお前を燃やしたりなんて絶対にしないから」
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