―其ノ陸―

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 とりあえず仲間の無事は目で確認できたので、四人は一先ず安堵した。廃工場内が静まり返っている原因に気づいたのは、その直後である。  その場にいる全員の視線を釘付けにしている人物が一人、廃工場の真ん中に立っている。背丈や体格から男性であることは判別できるが、顔や服装は判別できない。  ――何故なら、その男は全身が炎に包まれているから。  それは、絵に描いたような火達磨であった。紅蓮の炎が、男を頭のてっぺんから足の爪先まで余すところなく包んでいる。にも関わらず、男は熱がる様子も苦しむ様子もない。ただその場にジッと立ち尽くしている。  芦長組四人もその異様な状況に言葉を失い、他の者達同様時を止められたかのように動けなくなる。  いつまでも続くかのように思われた沈黙を断ち切ったのは、加賀屋の怒号であった。 「何がどうなってるかは知らねぇが、所詮は燃えてるだけだろうがよォ瀬野ォ! ビビるなテメェらァ! ぶち殺せェ!」  加賀屋に感化されたシックルズのメンバー達は、各々が手に持つ鉄パイプや金属バット等を構えて一斉に火達磨男へ特攻を仕掛けた。  炎に包まれた赤い視界。迫り来る何十人もの武装した不良を見ても、大介の心は不思議なほどに落ち着いていた。熱いはずの炎を熱く感じず、まともに呼吸もできないはずであるのに苦しさを感じない。  程なくして、目が相手の攻撃位置を感知した。危険の中にいてもテープによる危険感知は健在であり、現在五人の不良が振り被る武器の先端と大介の体の五ヶ所をそれぞれ繋いでいる。普段との違いを述べるのならば、テープの色が全て“黄色”ではなく“赤色”だという点である。  ほぼ初めて体感する危険区域の向こう側の世界。この世界において大介は身体を発火させ、尚且つ危険を赤いテープで感知できる。  目前に迫った不良達の先頭グループが攻撃を仕掛ける。赤いテープが示す狙いは、大介の顔二ヶ所と、左肩、腹部、右太腿。最小限の動きでそれらを交わすと、大介は呆気に取られている不良へ反撃の拳を放つ。  顔がピアスだらけの金髪男の背中を狙う。殴ろうとした際にはこれまで同様、拳を阻むようにテープが数本現れた。躊躇なくテープを拳で突き破ると、また一つ危険に飛び込んだと認識され“飛んで火に入る夏の虫”はその火力を上昇させた。より一層燃え上がった拳を、敵の背中に叩き込む。
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