―其ノ陸―

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 後ずさるシックルズの面々。逃げようとする者も多数いたが、後ろで傍観している市と目が合うと、その考えを改めた。市を裏切れば、他者との関係を全て刈り取られる。不良達は全員、市に“大切な誰かとの繋がり”という人質を捕られている状態にある。だから、逃げることはできない。しかし、戦う相手は天地がひっくり返っても勝てる気がしなかった。 「いつまで傍観しているつもりですか加賀屋ぁ」市が命令する。「さっさとあの火達磨人間始末して来いよ役立たずがぁ。刈り取るぞコラァ!」  切れていた電源が入ったがのように、加賀屋がその巨体を動かした。逃げないよう掴んでいた叶から手を放し、戦場へと向かう。その形相は、鬼神と名乗るに相応しい鬼そのもの。扱う言技もまた、鬼に由来する。  言技“鬼に金棒”。  瓦礫、工場を象る材料、仲間が落とした武器。あらゆるものを手元に集約させ、加賀屋は巨大な金棒を作り上げた。それを肩に担ぎ上げ、燃え盛る大介と対峙する。 「よォ、瀬野ォ。随分と景気よく暴れてんじゃねぇかァ。テメェ、それ何がどうなってんだァ?」 「俺も知らねーよ。……それより、硯川の包帯を解いたのはお前か?」 「あァ、久々に見てみたかったからなァ。相変わらずえげつねぇ面だぜェ。テメェが燃やしたアイツの面はァ」  ゲラゲラと笑い声を上げた後、加賀屋は金棒を地面に振り下ろした。打撃音と抉れたコンクリートの床が、その圧倒的な破壊力を物語っている。 「見たところ、今のテメェは熱さや痛みを感じてねェ。だがなァ、それがどうしたァ! ペシャンコになりゃあ痛ぇもクソもねぇだろうがよォ!」 「やってみろよ。お前のトロい動きでそれができるならな」 「んだとォ?」 「俺は確かに、この力で硯川を傷付けた。だからこそ、今度はこの力で守ってみせるッ!」 「ハハッ! かっこいいねェ! だが、テメェのせいでここはそのうち火事になんぜェ? また火傷させちゃうかも知れねぇし、最悪焼死させちまうかもなァ」  加賀屋の言うことは間違いではない。大介が暴れることにより拡散された火の粉は、廃工場内部にまで生命力を伸ばしていた植物に引火し、今や数ヶ所で軽いボヤにまで発展していた。 「消火器でも取ってきた方が賢明じゃねーかァ?」 「……いや、いい」大介は強い眼差しを加賀屋に向け、断言した。「お前を倒した方が早い」
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