―其ノ陸―

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 役割を終え、彼らは一時撤退する。逃げるつもりはないが、ここから先は見守ることしかできそうになかった。大介がもし負ければ、加賀屋の怒りの矛先は友人である彼らに向くだろう。今は怖気づき縮こまっている不良達も威勢を取り戻し、加賀屋と共に襲ってくると思われる。  逃げるのが正しい。全てを大介に託し、ここから一刻も早く離れるのが正しい判断である。大介もそれを望んでいることだろう。――それでも彼らは、離れた場所から見守ることをやめようとはしなかった。  逃げたら、命を懸けて戦う大介を裏切ってしまうような気がしたから。  それに何より――勝利を信じているのだから、逃げる必要などないのだ。  ◇  廃工場の周囲に飛び火した炎は今や立派に育ち、只でさえ倒壊の危険性が危ぶまれていた躯体を焦していく。建物の外では芦長のグループが佇み、反対方向である工場の奥では大介から逃げ出した不良達がおしくらまんじゅうでもしているかのように固まっていた。その中には、囚われの身であるきずなもいる。  そんなギャラリー達の視線を釘付けにしているのは、工場のど真ん中で繰り広げられている二人の言技使いの戦い。先程から加賀屋が作り出しては投げる金棒を大介がかわすという展開が続けられている。 「ちょこまかとウゼェ野郎だなァ! いい加減惨たらしく死に晒せや瀬野ォ!」 「俺にその攻撃は当たらない。今度はこっちからいくぞ!」  大介は加賀屋が無駄に数多く投げた金棒の一つを手に取った。常人では数センチ持ち上げることすら適わないであろうそれを、軽々と持ち上げて構える。だが、途端に金棒はその形を崩して元の瓦礫等に戻ってしまった。 「残念だったなァ。言技で作り出した金棒は俺の意思一つで元に戻すことができんだよォ。だからァ、こんなこともできるぜェ!」  再び加賀屋は両手に持つ金棒を投げる。ただし今度は大介に向けてではなく、大介の真上に向けてである。金棒が大介の頭上高くに到達したところで、言技解除。金棒が無数の瓦礫の雨となり、大介に降り注ぐ。  退避するにしても、瓦礫の降り注ぐ範囲は広い。しかし、大介は慌てなかった。瓦礫の雨と自分との間に出現している、赤いデンジャーのテープ。網目のように展開している無数のテープの中に大きめの隙間を見つけた大介は、その位置に移動した。
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