―其ノ陸―

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 ◇  自称名探偵・芦長十一は、仕事の関係で硯川の誘拐事件が起きたあのビジネスホテルに泊まっていた。夜から尾行の仕事が控えているので、その前に食事でもしてこようとフロントに降りた時、やけに従業員が忙しなく動き回っていることに気づいた。  殺人事件でもあったのではないかと、芦長の探偵魂に火が付いた。殺人事件をたまたま居合わせた探偵が解決するというのは、いわゆる一つの夢であるそうだ。  名刺片手に話を聞いてみたところ、事件は殺人ではなく誘拐のようであった。怪我をしている二人の警備員。破壊された監視カメラ映像の管理室。そして、いなくなった一人の少女。  最初は簡単に解決できるだろうと芦長は思った。監視映像は駄目でも、警備員を含め目撃者はいる。逃げたのは裏口からだろうが、外はまだ明るい。周辺にも怪しい輩や車等を見た者は多いと推測できた。だが、その推測は外れであった。 「覚えてないんです」  警備員二人の証言は、揃って同じであった。やられた時のことは覚えているのだが、犯人の外見的特徴は勿論のこと、性別や人数すらわからないらしい。おかしなところを殴られ記憶が飛んだというよりは、部分的に切り取られたような症状。芦長の頭には、すぐに”何も切らないカマイタチ”が思い浮かんだ。その使い手が犯人なら、外へ出ても目撃証言が得られる可能性は極めて低い。  加えて、気になる点がもう一つ。監視映像管理室の、異常なまでの壊され具合だ。まるで小型重機がところ狭しと暴れまわったような有様。それができる言技使いにも、芦長は覚えがあった。  加賀屋剛。カマイタチの使い手とみられる男がリーダーを務める”シックルズ”と対立関係にあるグループ”鬼神”のリーダー。彼の言技”鬼に金棒”ならば、この荒れ具合も納得ができる。  対立組織のリーダー同士が、共に一人の少女を誘拐した。それは二つの組織が手を組んだか、若しくは一方がもう一方の支配下に落ちたかということを意味している。ここまでわかると、誘拐されたという少女のことも気になった。 「ええと、顔の左半分に包帯を巻いている女子高生でした」  受付女性の証言は、きずなに頼まれ最近調べたばかりの女の子と見事に特徴が一致していた。 「それから、その子の知り合いらしい男の子が……アレ? ついさっきまでその辺にいたんですけど……」 「その男の子の特徴とかってわかりますか?」
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