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晋也の雄叫びは、就職指導室を飛び越えて、三つ先の職員室まで響き渡った。
夕方。冬が近付いているということもあり、まだ時刻は十七時過ぎだが、陽は傾き始めていた。
海岸端高等学校三年一組、村上晋也は唇をキュッと引き締めながら、家路へと急いでいた。
端から見れば、大便を我慢しているようにしか見えないが、実は違っていて、晋也は三十分程前に受けたこの上ない屈辱の怒りを、どこにぶつけて良いのか分からず、我慢している状況だった。
増してやそれは、自分にも非があるのならばまだ納得のいく話だが、相手が完全に仕出かしたことで、晋也は『それ』に巻き込まれただけである。なのに、まるで自分が全て悪いというような言い方をされれば、誰だって憤りを感じることだろう。
今の晋也が、まさにそれだった。
晋也は、魔法使いもとい魔力者と呼ばれる存在である。しかし、別になりたくてなったワケでもなければ、力を欲したワケでもない。
たまたま、自分の中にある潜在能力に『魔法』というものがあっただけで、魔力者同士の抗争に巻き込まれてしまったのだ。
しかも、晋也をその抗争に巻き込んだというのが、晋也の担任・郷田京で、巻き込んだクセに、晋也の就職活動のことは「何もしていない自分が悪い」と言ってのけたのである。
晋也は絶望した。そして、郷田に対して憤りを感じると共に、その怒りをどこへぶつけていいのか、自分でも分からなくなっていた。
「ただいまぁーッッ!!」
晋也は、家に帰るなり、大声で叫び散らすと、ドアをバンと音を立て閉めた。
苛立つ晋也は、そのまま靴を脱ぎ捨て部屋へと直行する。
「おう晋也!今帰りか?」
途中、晋也の父・健太郎が、息子とのスキンシップを図るため声を掛けるも、晋也は見事無視をしたまま通り過ぎていき、健太郎の気遣いは徒労に終わった。
「ったく。何がコンビニでバイトだ。ふざけやがって!」
晋也は、そう愚痴りながら、自分の部屋のドアを開くと、何故か部屋の中には一番上の兄、大助が足を広げて座っていた。
「あう?」
兄・大助は、生まれてこの方「あう」しか言葉を放つことしかなく、それ以外の言葉を聞いたことがある人間などこの世に存在しない。
大助は、晋也が帰ってきたことに気が付くと、早速「あう」を連呼し始めて、嬉しさを「あう」で表現し始めた。
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