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「前に、戸川君、言ってたよね」
二人とも立ち止まり向かい合う。
地下鉄の通風孔から吹き上げる風が二人のコートを揺らした。
「自由に広い世界を見たいって。
今回の赴任、
聞いた時はショックだったけど、
でも戸川君の夢が叶うんだって思った」
二人過ごした日々が胸を去来した。
短い間だったけれど、
私には一生分の価値がある気がした。
「もっと一緒にいたかった。
だけど、わ、私はね…、
戸川君の重荷になりたくないの」
告白した時と同じ、
たどたどしく言葉が揺れた。
「だから私は…。
私にできることはね、
笑顔で送り出すことだと思った」
我慢していた涙が一筋、頬を伝った。
「だから私、待ってていい?
……約束はいらないから」
戸川君の顔が強張った。
それ以上彼の拒絶の表情を見るのが怖くて、彼の手元に視線を落とす。
「や、約束はいらない。
ここで、私は頑張るから。
待ってるから、だから…」
包みを持つ彼の手に、
ぐっと力が入ったのが分かった。
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