不器用な唇

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「……待ってたよ…ずっと待ってた。 …忘れられなかった」 嗚咽まじりの引きつれたような声で彼女が言った。 その華奢な体を固く抱き締める。 「どうしても戸川君を忘れられなかった。 ……忘れようとしたら余計に辛くなった。 もう私の所には帰って来ないと思った。 でも会いたくて、 寂しかった…寂しかったよ」 あとは続かず、俺にしがみついて声をあげて泣いた。 体を震わせて泣く彼女を抱き締めながら、情けないけど涙が出た。 俺が泣くなんて。 でも構っていられなかった。 「辛い思いさせてごめん。 一人で泣かせてごめん…」 抱き締めながら、謝り続けた。 長い時間泣き続けた後、 ようやく彼女が顔をあげた。 俺の腕の中からもぞもぞと手を出して、そっと俺の頬を包む。 確かめるように愛しげに触れるその仕草に、彼女がどれだけ寂しい思いに耐えてきたのか伝わってくるようで、胸が詰まった。 「すごく冷えてるよ…戸川君」 「うん…紗衣も冷えてる」 俺も彼女の頬を両手で挟んだ。 一年ぶりにまじまじと見る紗衣の顔は、涙で腫れて、化粧もすっかり崩れたあの顔だった。 懐かしくて愛しくて顔が弛んだ。
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