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私の肘に手をかけたまま、
片桐さんが尋ねた。
「辞めて、彼を訪ねていくの?」
「それは…決めてないです」
「以前は君の背中を押したよ。
君の気持ちを尊重したかったから」
冗談めかして軽く提案された春のあの時と違い、片桐さんは真剣だった。
「でも、あの時と今とでは状況が違う。
こんなに長い間君をほったらかしてるのに、彼のために変わる必要があるの?」
肘をつかんでいた片桐さんの手が私のコートを滑り、指先をとらえた。
「彼のところに行かせたくない」
片桐さんの思い切った言葉と行動に、驚いて彼を見上げた。
「知らない街で君が彼のために一人で泣くのは我慢できない」
春に知った、渡辺さんのことを指して言ってくれているんだろう。
二人を目のあたりにして、私が傷つくことを。
「私はもう泣きません」
口先だけなのは自覚している。
でも、一年間私は変われず、思いは消せなかった。
「どうしてそんなに自分をいじめる必要があるの?
彼のところに行けば、傷つくかもしれないのに」
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