第一章 胎動する異常と日常の狭間で

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「…………、」 しばし無言で久木は考え込んでいた。 夕霧もそれに気づいたのか、喚くのをやめている。 久木真鯛がどのような答えを出すかは分からないが、最終的に彼が出した答えに二人は従うつもりだ。 たっぷりと一〇分は考え続けていた。 それまで何も言わず待ってくれていた友達へと、久木は告げる。 「うん……。頑張ってみる」 「そっ、か。じゃあ頑張れ!」 羽交い締めから脱出した夕霧がそう言えば、東上も軽く息を吐き、 「なら今から接客の練習でもするか」 五時間目の開始を伝える特徴的なチャイムが鳴るが、東上は練習を優先させるようだ。 悪いと思って久木が何かを言いかけるが、『授業よりこっちのほうが楽しそうだ』と東上は一蹴する。 夕霧も久木のためならと参加はしているが、半端に真面目な彼のこと。 どうせ学園にいながら授業をサボることを気にしているだろうが、それ以上に久木の力になりたいのだろう。 ━━━練習が始まった。 やることは一般的なあいさつや注文の確認なのだが…………。 「おいおい。完璧じゃねえか!」 「やれば出来たってことか」 「羞恥……」 先に言っておくが、久木はしゃべり方を変えたりしていない。 つまり『完璧』なわけはないのだが、彼のしゃべり方を気にしていない馬鹿二人は気づいていなかった。 そもそも久木真鯛は『他人』相手だと途端に緊張するのだから、『友達』相手に練習しても意味はなかったりする。 …………土壇場になって騒ぐような馬鹿どもはその点に気づくことなく練習を終わらせてしまった。
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