プロローグ 不変だったはずの日常

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私立藤波原学園。 特徴と言えば、後方にそびえる裏山くらいという平凡な高校の朝は徒競走から始まる。 午前六時三〇分。 常に学園内を散歩していると生徒たちに噂される教頭(ちょんまげ)が生徒用玄関の鍵を開けた次の瞬間、二人の学生が飛び込んでいた。 腰まである黒髪を後ろで一纏めにしている端整な顔立ちの少年は東上光秀。 スキンヘッドギリギリに調整(校則でスキンヘッドは禁止されているため、坊主と言い張るための処置)なんて面倒なことをしているのが久木真鯛。 高一の春から飽きることなく突っ走っている馬鹿どもは高二になっても何一つ変わっていなかった。 靴箱から上履きを取り出し、革靴をそこらに放り捨て、上履き片手に両者は爆走する。 ドタンバタンと騒々しい音をばら蒔きながら階段を駆け上がり、二階の端にある2ー1の教室を目指す。 いつもなら、この廊下の数十メートルで乱闘が始まるのだが、今日はいつもと趣が違った。 ゴールである自分達の教室。 その扉の前に門番のごとく立ち塞がる一人の少女。 「うげっ」 黒髪を靡かせた東上光秀が踏み潰したカエルのような呻き声を上げた。 赤の眼鏡にすらりとした長身。 鋭利な刃物のような雰囲気を漂わせていなければ男どもが寄っていたであろう外見。 なにより、黒く光る長い長い鞭が彼女の象徴だろう。 「安藤、蜜っ!?」 三年三組所属。 風紀委員長・安藤蜜。 学園の中でも最高にブッ飛んだ歪んだ正義の持ち主である。 校則違反者には罰則を。 その罰則を『勝手に』与える女。 「待て、ちょっと待てよ!? 俺が何したって言うんだよっ…………じゃなくて、言うんですか!」 高一の夏までの『徒競走』は学園が開く前に侵入することもザラだったのだが、あの女が不法侵入だといって罰則を与えてからは、きちんと時間は守っている。 そもそもあの時、現場を押さえてきた以上安藤蜜も不法侵入じゃないか、は東上の言葉。 いや、過去のことはどうでもいいのだ。 今大事なのは、いかにもやる気満々な狂暴女が長い鞭を引きずりながら歩み寄っていることだ!
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