プロローグ 不変だったはずの日常

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「…………、」 質問に答えるつもりはないのか、無言で接近してくる安藤蜜。 彼女は三メートルほど先で立ち止まった。見逃すつもりではなく、そこがすでに射程範囲内なのだ。 「チッ!!」 あの女と対話を試みることが間違っていたと今さらながらに後悔する。 必要最低限のことさえ話すか怪しいのが安藤蜜という女なのだ。 切れ目な目でこちらを見据える風紀委員長が動く前に踵を返し、逃亡しようとしたところで気付いた。 「っ、あのハゲ……!!」 久木真鯛はとっくに逃げていた。 そのことに猛烈な怒りを覚えるが、そんな場合ではないと思い立ち、階段を助走をつけて飛び降りた。 「あ、逃げるの?」 鈴のように清んだ声だった。 声と外見だけだったら完璧なのに、と残念に思う暇すらなかった。 ズパッシン!! と。 宙を舞う東上光秀の背中に鋭い痛みが炸裂した。 (痛ったあ!! …………傷を残さない攻撃は健在か!?) 体勢が崩れかけるが、なんとか着地する。あの伸縮性ありまくりの特注鞭から逃げるなら、止まっている暇はない。 だからジィィィンと痺れる両足を無理矢理動かそうとしたところで。 ギュルン!! と、首筋に何かが巻きついた。 「ぐっべぇ!?」 それがあの風紀委員長が振るった鞭だと気付いた時には、たんっと隣に飛び降りてきた安藤蜜が東上光秀の左腕を掴み、捻り、床に叩きつけた。 「うげっ!」 「……校則、違反……」 「なにが、だよっ…………いや、なにがですか!?」 ギヂビヂと痛む左肩を気にしながら、ほんのわずかの希望に募るように吐き捨てた。 対し、安藤蜜の答えは。 「廊下、走ったら……だめ、絶対」 「くそっ。校則ですらないのかよッ」 確かに廊下を走るなってのは説教の常套句だが、ここまでやられるほどのことなのか? なんて安藤蜜に言っても意味はないだろう。 (こりゃ罰則を受け入れるしかないのかあ) 今日は保健室のシミを数えることになりそうだ。 …………などと殊勝に従うつもりはないと東上光秀は抵抗を開始する(そのせいで余計な怪我をするのだが)。
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