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「ぎこちないまま季節が流れて、俺たちが3回生の冬を迎えたころ、アイツは信じられないことを言い始めた。アメリカ行くって」
「アメリカ……ですか?」
「そう。秋の旅行者の少ない時期を狙って行ったアメリカの舞台で、強烈に影響されたみたいでさ。卒業待たずに行くって言い出した」
「すごい、ですね」
「そうだな」
補佐は相槌を打ちながら、私の手を握る。
抱きしめてはあげられない。
けれどその分、この手だけでも――私は、この時初めて補佐の手を力を込めて握り返した。
軋む胸の痛みと同じ強さで。
「誰が止めても聞かなくて、アイツが旅立つ話は着々と決まった。恵が居なくなる、そう思うと俺は居てもたってもいられなくなって、もう一度告白しようと決意した」
遅すぎると言われて振られた補佐が、もう一度告白するってどれだけの想いだったんだろうか。
恵さんへの深い思いが話からも伝わって、いっそ右から左に言葉が流れていけばいいのにと望むのに、私の気持ちとは裏腹に一言一句すり抜けていかずに私の脳に補佐の言葉が積もる。
「行くなって。俺はお前に居てほしいって。演劇はここでも出来るから、遠くへ行くなって。いろんな言葉を並べ立ててアイツを説得した。ただ俺は見ているだけだとしても、それでも恵に居てほしかったんだ」
見ているだけでもいいから――そのフレーズがまた胸を突き刺す。
握りしめられた手が私の涙腺を刺激するけれど、それでも涙は出なかった。
ただ、補佐の気持ちが痛いほどに手を伝って流れてきて、苦しくて呼吸がまともに出来ない気がする。
「もう一度恵の隣に居たい、そう言うとアイツは薄く笑って言ったんだ……『あなたをおもうたびにいちばんじかに永遠をかんじる』って、智恵子抄の一説なんだけど、知ってる? って」
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