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数秒、ただ見つめ合ってから補佐は私に語り聞かせるように言った。
「誰かを好きになって傍に居ることの、本質が見えるのかもしれないと感じてる」
「本質……」
そう言うと、今まで離してくれなかった手をそっと補佐が離した。
汗をかいた掌が、空気に触れて急激に冷えていく気がする。
その手を見つめていたら補佐は立ち上がって数歩歩き、窓際にまで離れた。
「長々と悪かったな」
チラと振り返って私の方を見ると、ぎこちなく笑った。
その表情が、苦しそうで切なくて、私はまた抱きしめてあげたいと思ったけれど、それは決してできない。
私はそれに耐え切れなくて、顔を歪め、唇を噛みしめて目を逸らした。
「でも、お前には……もっぷちゃんには感謝してる」
ここにきて突然私の名前が出て、戸惑いながら顔を上げた。
「8年前、俺が永遠について質問した時、江藤言っただろ? 探し物は探さない方が返って見つかるときもあるんじゃないですかって」
「え……」
すっぽり抜け落ちた記憶の部分に補佐が触れて、私は恥ずかしくなった。
そんなこと、言ったのだろうか? さっぱり記憶がない。
「自暴自棄になってた俺は、それでもまだ演劇を捨てきれなくて、卒業記念にもう一度脚本演出をするって言って劇団を作った。それで――いろんなやつと付き合ってみた」
「……っ」
はっきりと告げられた真実に私は目を見張る。
八重子先輩の言葉が脳内に駆け巡って、苦い気持ちが一気に広がっていった。
どこかで、八重子先輩の言うことは噂に過ぎなくて、真実は別のモノが用意されているかのように思っていた。
けれどそれは私の儚い希望であって、夢であって……過去の出来事はそんなにきれいなものではないんだ。
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