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立ち上がってしまえば、今度は急いで取らなくちゃと思うのが人間だったりする。
もしかして補佐なんじゃないか? なんて馬鹿な期待まで湧いてきてしまった。
一度湧いてしまった期待は消せるはずもなくって、そうなると1秒でも早くと、気持ちが急いてきた。
慌てて鞄を漁り、携帯電話の液晶画面を見る一瞬前になって気づく。
もしこれが補佐だったとして、私は何を言えばいいんだろうか――なんてことを。
言いたいことも、聞きたいことも、今は全く何もない。
むしろ顔を合わせることも声を聴くことも、どれも怖い。
ギュッと目を瞑ったけれど、その一瞬で鳴り止むこともない携帯電話を意を決して見てみると、私はほっとして受話ボタンを押した。
「萌優、今いい?」
昨日と全く変わらない優しさを孕んだ、今はドS降臨中ではない様子の八重子先輩からの電話だった。
「せん、ぱ……」
一人で泣いたままだった私は、上手く声が出せずに『ぱ』の言葉で声が掠ってしまう。
でも私の声を気に留めた様子もない八重子先輩は「あんた今、家に居る?」って続けた。
「は、い。居ます、けど」
「ん、了解」
ツーツー……
――ん!? 切れました!? なんで!?
意味不明だと思って液晶画面を見るも、明らかにそこは待ち受け画面に切り替わっていて、どうやら八重子先輩との通信が絶たれたのは、間違いではないようだった。
――なんだったんだろう、一体。
と思った直後、着信音よりは優しめの音色が室内に広がった。
ピンポーン、ピンポーン
明らかに、ドアベルが鳴っている。
「まさか、ね?」
ベルの音にビクッと震えながら玄関の方に視線を向ける。
けれど今の不細工な顔を理解しているからこそ、誰とも見当がつかない相手のために立ち上がれない。
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